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8 テーラガーター
2.30. カンハディンナ長老の詩偈
正しい人(比丘)たちは、〔わたしによって〕近侍され、諸々の法(教え)は、〔わたしによって〕一度ならず聞かれた。〔教えを〕聞いて、〔わたしは〕不死への沈潜(涅槃)という曲がりなき〔道〕を実践した。
わたしは、〔迷いの〕生存にたいする貪り〔の思い〕を打ち砕いた者として存しているが、わたしに、〔迷いの〕生存にたいする貪り〔の思い〕は、ふたたび見い出されない。わたしに、〔迷いの生存にたいする貪りの思いは〕有ったこともなく、有るであろうこともなく、わたしに、〔迷いの生存にたいする貪りの思いは〕今現在も見い出されない。ということで――
……カンハディンナ長老は……。
〔以上が〕第三の章となる。
その〔章〕のための、摂頌となる。
〔しかして、詩偈に言う〕「ウッタラ、バッダジ長老、ソービタ、ヴァッリヤ聖賢、しかして、〔まさに〕その、ヴィータソーカ長老、および、プンナマーサ、ナンダカ、バラタ、および、バーラドバージャ、大いなる牟尼たるカンハディンナ、〔これらの十者の長老たちが有る〕」と。