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8 テーラガーター
5.10. ヤサダッタ長老の詩偈
咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者(ブッダ)の教えを聞き〔ながらも〕、正なる法(真理)から遠く離れて有る――地が、天空から〔遠く離れて有る〕ように。
咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者(ブッダ)の教えを聞き〔ながらも〕、正なる法(真理)から衰退する――黒分(月が欠ける期間)における月のように。
咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者(ブッダ)の教えを聞き〔ながらも〕、正なる法(真理)において遍く干上がる――水少なきところの魚のように。
咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者(ブッダ)の教えを聞き〔ながらも〕、正なる法(真理)において成長することがない――田畑のなかの腐った種のように。
しかしながら、彼が、〔足ることを知る〕満ち足りた心で、勝者(ブッダ)の教えを聞くなら、〔彼は〕一切の煩悩を投棄して、不動〔の境地〕を実証して、最高の寂静を得て、煩悩なき者となり、完全なる涅槃に到達する。ということで――
……ヤサダッタ長老は……。