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8 テーラガーター

12 十二なるものの集まり

第一の章

12.1. シーラヴァント長老の詩偈

戒こそを、この〔世において〕、学ぶように――この世において、善く学ばれたものとして。なぜなら、慣れ親しまれた戒は、一切の得達を授けるからである。

賞賛を、さらには、富を得ることを、死してのちの天上における歓喜を、〔これらの〕三つの安楽を望んでいる者は、思慮ある者となり、戒を守るように。

まさに、戒ある者は、自制によって、多くの朋友たちに到達する。いっぽうで、戒に劣る者は、悪を行じおこないつつ、朋友たちから離脱する。

しかして、名誉ならざることを、さらには、栄誉ならざることを、戒に劣る人は得る。戒ある者は、名誉、栄誉、そして、賞賛を、常に得る。

戒は、諸々の善きことの、最初となるものであり、しかして、立脚するものであり、さらには、母源となるものであり、一切の諸法(教え)の頂点となるものである。それゆえに、戒を清めるように。

戒は、しかして、〔行ないの〕限度となるものであり、〔自己を〕統御するものであり、心の輝きとなるものであり、さらには、一切の覚者たちの沐浴場となるものである。それゆえに、戒を清めるように。

戒は、比類なき力である。戒は、最上の武器である。戒は、最勝の装飾品である。戒は、未曾有の鎧である。

戒は、強力な橋である。戒は、無上の香りである。戒は、それによって、方々に香りただよう、最勝の香料である。

戒は、まさしく、至高の糧食である。戒は、最上の路銀である。戒は、それによって、方々に至り行く、最勝の運び手である。

諸戒において、〔心が〕定められていない愚者は、一切所で失意の者となる。まさしく、この〔世において〕、非難を得る。しかして、死してのち、悪所(地獄)において、失意の者となる。

諸戒において、〔心が〕善く定められた慧者は、一切所で悦意の者となる。まさしく、この〔世において〕、栄誉を得る。しかして、死してのち、天上において、悦意の者となる。

戒こそは、この〔世において〕、至高なるものである。また、知慧ある者は、〔世における〕最上者である。しかして、人間たちのなかにおいて、天〔の神々〕たちのなかにおいて、戒と知慧あるがゆえに、〔常に〕勝利する者となる。ということで――

 ……シーラヴァント長老は……。