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8 テーラガーター
16.4. ラッタパーラ長老の詩偈
見よ――様々に作り為された〔欲の〕幻影を――寄せ集めの、傷ある身体を――病んだ、妄想多きものを。それに、常久と止住は、〔何であれ〕存在しない。
見よ――様々に作り為された〔虚妄の〕形態を、宝珠や耳飾りやらで〔飾り立てられた身体を〕――骨と皮で覆われた〔身体〕を。諸々の衣と共にあって、美しく輝く〔だけのこと〕。
〔赤の〕染料が為された〔両の〕足、〔白の〕塗粉が塗られた顔――愚者の迷いのためには、〔それで〕十分である。しかしながら、彼岸を求める者には、さにあらず。
八房に為された諸々の髪、〔黒の〕塗薬が塗られた〔両の〕眼――愚者の迷いのためには、〔それで〕十分である。しかしながら、彼岸を求める者には、さにあらず。
様々な〔彩り〕の新しい塗薬箱のように、〔見てくれを〕十分に作り為した腐敗の身体――愚者の迷いのためには、〔それで〕十分である。しかしながら、彼岸を求める者には、さにあらず。
猟師は、罠を置いた。鹿は、網に近寄らなかった。「餌を食べて、〔さあ〕行こう」〔と〕。猟師は、泣き叫ぶ。
猟師の罠は、断ち切られた。鹿は、網に近寄らなかった。「餌を食べて、〔さあ〕行こう」〔と〕。猟師は、憂い悲しむ。
〔わたしは〕見る――世において、財を有する人間たちを。迷いの者たちは、富を得ても施さない。貪りの者たちは、財の蓄積を為し、まさしく、より一層、諸々の欲望〔の対象〕を望み求める。
王は、〔他を〕打ち負かして、地を征圧して、海辺に至るまでの大地を占拠しつつも、海の此岸“こなた”では不満の様子で、海の彼岸“かなた”でさえも望むであろう。
王も、他の多くの人間たちも、渇愛を離れず、死へと近づき行く。まさしく、不足の者たちと成って、肉身“からだ”を捨棄する。世において、諸々の欲望〔の対象〕による満足は、まさに、存在しない。
親族たちは、諸々の髪を振り乱して、彼のことを泣き叫ぶ。しかして、「ああ、まさに、不死にあらず」と言う。〔葬送の〕衣“ころも”に包まれた彼を搬出して、〔火葬用に〕積み上げられた〔薪山〕を設置して、そののち、〔死体を〕焼く。
彼は、諸々の串に刺されながら、一衣で焼かれる――諸々の財物を捨棄して〔そののち〕。しかして、親族たちは、朋友たちは、しかして、あるいは、道友たちも、死に行く者の救いには成らない。
相続者たちは、彼の財を運び去る。いっぽう、〔迷いの〕有情は、〔自己の為した〕行為(業)が〔釣り合う〕ところへと行く。死に行く者に、何であれ、財が従い行くことはない。子たちも、妻たちも、財と国も、〔何であれ、従い行くことはない〕。
財によって、長寿を得ることはない。さらには、また、富によって、老を打破することもない。慧者たちは言う。「まさに、この生命(寿命)は、僅かである。常恒ならず、変化の法(性質)である」〔と〕。
富者たちは、貧者たちも、接触すべきもの(死)に接触する。愚者も、慧者も、まさしく、そのように、〔死に〕接触された者として、〔世に有る〕。まさに、愚者は、〔自らの〕愚かさゆえに、まさしく、〔老に〕打倒された者として、〔地に〕臥す。しかしながら、慧者は、接触すべきもの(死)に接触された者として、〔心が〕動かない。
それゆえに、まさに、知慧こそは、財よりも、より勝“まさ”っている――それによって、〔人は〕この〔世において〕、完成に到達する〔のだから〕。まさに、自己が完成されていない迷いの者たちは、諸々の種々なる生存において、諸々の悪しき行為(悪業)を為す。
〔迷いの者は〕他〔世〕から他〔世〕へと、輪廻を体験して、しかして、〔母〕胎へ、しかして、他世へと、近づき行く。それ(輪廻的あり方)を盲信している、知慧少なき者は、しかして、〔母〕胎へ、しかして、他世へと、近づき行く。
入り口で捕捉された盗賊が、悪しき法(性質)の者として、自らの行為によって打ちのめされるように、このように、人々は、死してのち、他世において、悪しき法(性質)の者として、自らの行為によって打ちのめされる。
まさに、諸々の欲望〔の対象〕は様々で、〔蜜のように〕甘美で、意が喜びとするものである。種々様々な形態で、〔凡夫の〕心を掻き乱す。〔この〕危険を、諸々の欲望の対象(妙欲)のうちに見て、王よ、それゆえに、出家者として、わたしは存している。
諸々の木の果が落ちるように、若き青年たちも、年長の者たちも、肉体の破壊ある者たちとして、〔命を落とす〕。また、このことを見て、王よ、出家者として、〔わたしは〕存している。雑物“まざりもの”なしの、沙門の資質こそは、より勝っている。
わたしは、信によって出家した者、勝者(ブッダ)の教えを具した者である。わたしの出家は、罪過なきもの。〔わたしは〕借りなき者として、〔施しの〕食を受ける。
諸々の欲望〔の対象〕を「燃え盛るものである」と見て、諸々の黄金を「刃である」と〔見て〕、〔母〕胎に入るがゆえに苦しみを〔見て〕、諸々の地獄のうちに大いなる恐怖を〔見て〕――
この危険を知って、そのとき、〔わたしは〕畏怖〔の念〕を得た。〔まさに〕その、〔畏怖の念に〕貫かれたわたしは、そのとき、寂静なる者となり、煩悩の滅尽を得達した。
わたしによって、教師(ブッダ)は奉仕され、覚者(ブッダ)の教えは為された。重き荷は安置され、〔迷いの〕生存に導くもの(煩悩)は完破された。
〔まさに〕その義(目的)のために、家から家なきへと出家したところの、一切の束縛するものの滅尽という、その義(目的)は、わたしによって獲得された。ということで――
……ラッタパーラ長老は……。