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8 テーラガーター
16.5. マールキャプッタ長老の詩偈
〔欲の思いで〕形態(色:眼の対象)を見て、愛しい相に意を為している者の気づき(念)は、忘却されたものとなる。執着の心ある者は、〔形態を〕感受し、しかして、それ(形態)に執着して、〔それに〕止まり住む。
諸々の形態から発生する、彼の諸々の感受(受:楽苦の知覚)は、無数のものとなり、増え行く。しかして、諸々の強欲〔の思い〕は〔増え行き〕、さらには、諸々の悩害〔の思い〕は〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
〔欲の思いで〕音声(声:耳の対象)を聞いて、愛しい相に意を為している者の気づきは、忘却されたものとなる。執着の心ある者は、〔音声を〕感受し、しかして、それ(音声)に執着して、〔それに〕止まり住む。
諸々の音声から発生する、彼の諸々の感受は、無数のものとなり、増え行く。しかして、諸々の強欲〔の思い〕は〔増え行き〕、さらには、諸々の悩害〔の思い〕は〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
〔欲の思いで〕臭香(香:鼻の対象)を嗅いで、愛しい相に意を為している者の気づきは、忘却されたものとなる。執着の心ある者は、〔臭香を〕感受し、しかして、それ(臭香)に執着して、〔それに〕止まり住む。
諸々の臭香から発生する、彼の諸々の感受は、無数のものとなり、増え行く。しかして、諸々の強欲〔の思い〕は〔増え行き〕、さらには、諸々の悩害〔の思い〕は〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
〔欲の思いで〕味感(味:舌の対象)を享受して、愛しい相に意を為している者の気づきは、忘却されたものとなる。執着の心ある者は、〔味感を〕感受し、しかして、それ(味感)に執着して、〔それに〕止まり住む。
諸々の味感から発生する、彼の諸々の感受は、無数のものとなり、増え行く。しかして、諸々の強欲〔の思い〕は〔増え行き〕、さらには、諸々の悩害〔の思い〕は〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
〔欲の思いで〕感触(所触:身の対象)と接触して、愛しい相に意を為している者の気づきは、忘却されたものとなる。執着の心ある者は、〔感触を〕感受し、しかして、それ(感触)に執着して、〔それに〕止まり住む。
諸々の感触から発生する、彼の諸々の感受は、無数のものとなり、増え行く。しかして、諸々の強欲〔の思い〕は〔増え行き〕、さらには、諸々の悩害〔の思い〕は〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
〔欲の思いで〕法(法:意の対象)を知って、愛しい相に意を為している者の気づきは、忘却されたものとなる。執着の心ある者は、〔法を〕感受し、しかして、それ(法)に執着して、〔それに〕止まり住む。
諸々の法(法:意の対象)から発生する、彼の諸々の感受は、無数のものとなり、増え行く。しかして、諸々の強欲〔の思い〕は〔増え行き〕、さらには、諸々の悩害〔の思い〕は〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
〔迷いなき〕彼は、諸々の形態(色:眼の対象)のうちにありながら、〔常に〕気づきある者として、形態を見て、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔形態を〕感受し、しかして、それ(形態)に執着して、〔それに〕止まり住まない。
彼が、形態を〔あるがままに〕見ていると、さらには、また、〔楽苦の〕感受を〔あるがままに〕親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、蓄積されないように、このように、彼は、気づきの者として、〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔迷いなき〕彼は、諸々の音声(声:耳の対象)のうちにありながら、〔常に〕気づきある者として、音声を聞いて、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔音声を〕感受し、しかして、それ(音声)に執着して、〔それに〕止まり住まない。
彼が、音声を〔あるがままに〕聞いていると、さらには、また、〔楽苦の〕感受を〔あるがままに〕親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、蓄積されないように、このように、彼は、気づきの者として、〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔迷いなき〕彼は、諸々の臭香(香:鼻の対象)のうちにありながら、〔常に〕気づきある者として、臭香を嗅いで、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔臭香を〕感受し、しかして、それ(臭香)に執着して、〔それに〕止まり住まない。
彼が、臭香を〔あるがままに〕嗅いでいると、さらには、また、〔楽苦の〕感受を〔あるがままに〕親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、蓄積されないように、このように、彼は、気づきの者として、〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔迷いなき〕彼は、諸々の味感(味:舌の対象)のうちにありながら、〔常に〕気づきある者として、味感を享受して、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔味感を〕感受し、しかして、それ(味感)に執着して、〔それに〕止まり住まない。
彼が、味感を〔あるがままに〕味わっていると、さらには、また、〔楽苦の〕感受を〔あるがままに〕親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、蓄積されないように、このように、彼は、気づきの者として、〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔迷いなき〕彼は、諸々の感触(所触:身の対象)のうちにありながら、〔常に〕気づきある者として、感触に接触して、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔感触を〕感受し、しかして、それ(感触)に執着して、〔それに〕止まり住まない。
彼が、感触と〔あるがままに〕接触していると、さらには、また、〔楽苦の〕感受を〔あるがままに〕親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、蓄積されないように、このように、彼は、気づきの者として、〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔迷いなき〕彼は、諸々の法(法:意の対象)のうちにありながら、〔常に〕気づきある者として、法を知って、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔法を〕感受し、しかして、それ(法)に執着して、〔それに〕止まり住まない。
彼が、法(法:意の対象)を〔あるがままに〕識知していると、さらには、また、〔楽苦の〕感受を〔あるがままに〕親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、蓄積されないように、このように、彼は、気づきの者として、〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。ということで――
……マールキャプッタ長老は……。