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8 テーラガーター

5.6. ナディー・カッサパ長老の詩偈

まさに、わたしの義(利益)のために、覚者は、ネーランジャラー川へと赴いた。彼の法(教え)を聞いて、わたしは、誤った見解(邪見)を避けた。

わたしは、高下諸々の祭祀を執り行ない、祭火を捧げてきた――暗愚と成った〔迷える〕凡夫として、「これは、清浄である」と思いながら。

〔誤った〕見解の捕捉に陥り、執着〔の思い〕で迷わされてきた。暗愚と成った無知なる者として、清浄ならざる〔境地〕を清浄と思いなしてきた。

わたしによって、誤った見解は捨棄され、一切の〔迷いの〕生存は破られた。〔わたしは〕施与されるべき火(正しい供物)を捧げ、如来を礼拝する。

わたしによって、一切の迷妄は捨棄され、〔迷いの〕生存にたいする渇愛〔の思い〕は破られた。生の輪廻は滅尽し、今や、さらなる〔迷いの〕生存は存在しない。ということで――

 ……ナディー・カッサパ長老は……。