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8 テーラガーター

5.7. ガヤー・カッサパ長老の詩偈

早朝に、日中に、夕方に、日に三回、わたしは、ガヤーにおいて――〔それも〕ガヤーのパッグ〔月の祭礼〕において――〔まさに〕その、わたしは、〔沐浴すべく〕水に入った。

「過去における諸他の生において、わたしによって作り為された、〔まさに〕その、悪しきもの(悪業)――それを、今や、ここに、流し去るのだ」〔と〕、このような見解が、かつて、〔わたしに〕有った。

〔覚者の〕見事に語られた言葉である、法(真理)と義(道理)を伴った句を聞いて、〔わたしは〕真実を、あるがままの義(道理)を、根源のままに注視した。

〔わたしは〕一切の悪を洗い清めた無垢なる者として、〔心が〕制された清らかな者として、〔世に〕存している。清浄の者として、清浄なる方(ブッダ)の相続者として、子として、覚者(ブッダ)の正嫡として、〔世に存している〕。

〔わたしは〕八つの支分ある〔聖なる〕流れ(八正道)に入って、一切の悪を流し去った。〔わたしは〕三つの明知に到達した。覚者(ブッダ)の教えは為された。ということで――

 ……ガヤー・カッサパ長老は……。