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8 テーラガーター

5.5. ヴァッダ長老の詩偈

まさに、まさに、善きかな――わたしのために、母は、〔教えの〕鞭を示してくれた。彼女の言葉を聞いて、わたしは、生母によって教示された〔わたし〕は、精進に励む者となり、自己を精励する者となる、最上の正覚を得たのだ。

〔わたしは〕阿羅漢として、施与されるべき者として、三つの明知ある者として、不死〔の境処〕を見る者として、〔世に〕存している。〔わたしは〕ナムチ(悪魔)の軍団に勝利して、煩悩なき者として〔世に〕住む。

〔かつて〕わたしに見い出された、それらの煩悩は、内も、外も、全てが、残りなく断ち切られた。しかして、ふたたび、生起することはない。

まさに、〔道の〕熟達者である姉(母)は、この義(意味)を語った。「ああ、たしかに、もう、おまえの〔欲の〕林叢“したばえ”は、わたしにさえも、見い出されない」〔と〕。

苦しみは、完全なる終極を為した。これは、最後の積身“からだ”である。生と死の輪廻は〔存在しない〕。今や、さらなる〔迷いの〕生存は存在しない。ということで――

 ……ヴァッダ長老は……。