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8 テーラガーター

7.2. ラクンダカ・バッディヤ長老の詩偈

アンバータカの園地の彼方にある、林の茂みのなかで、バッディヤ(人名)は、渇愛を根ごと引き抜いて、そこにおいて、まさしく、幸いなる者となり、〔独り〕瞑想する。

或る者たちは、諸々の小鼓で、諸々の琵琶で、さらには、諸々の銅鼓で、喜び楽しむ。しかしながら、わたしは、木の根元において、覚者(ブッダ)の教えに喜びある者となる。

もし、覚者(ブッダ)が、わたしに、優れたものを与えるなら、しかして、その優れたものは、わたしによって得られるであろう。わたしは、一切世〔界〕の、身体の在り方についての気づき(念)を、常に収め取るであろう。

彼ら、形態(外見)によってわたしを量ってきた者たち――さらには、彼ら、音声(評判)によって〔わたしに〕従ってきた者たち――欲〔の思い〕と貪り〔の思い〕の支配に近づき行った、それらの人たちは、わたしのことを知らない。

遍きにわたり妨げある愚者は、しかして、内に知らず、かつまた、外に見ない――彼は、まさに、音声(評判)によって運ばれる。

外の果に見ある者は、しかして、内に知らず、しかるに、外に観察する――彼もまた、音声(評判)によって運ばれる。

妨げなく〔あるがままの〕見ある者は、しかして、内に覚知し、かつまた、外に観察する――彼は、音声(評判)によって運ばれない。ということで――

 ……ラクンダカ・バッディヤ長老は……。