>小部経典
8 テーラガーター
7.3. バッダ長老の詩偈
わたしは、独り子として存した。母に愛され、父に愛され、多くの掟と性行“おこない”によって、さらには、諸々の祈願によって、〔その結果として〕得られた者である。
しかして、彼ら、〔わたしの〕義(利益)を欲し、益を求める、父と、母と、両者は、慈しみ〔の思い〕によって、わたしを、覚者(ブッダ)の近くに置いた。
〔母と父は言った〕「為すべきこと〔を為したこと〕から〔わたしたちに〕得られた、この子は、繊細ですが、安楽のうちに成長しました。〔世の〕主たる方(ブッダ)よ、〔わたしたちは〕この〔子〕を、勝者(ブッダ)の侍者として、あなたに布施します」〔と〕。
しかして、教師(ブッダ)は、わたしを受け取って、アーナンダ(阿難:人名・ブッダの侍者)に、このことを説いた。〔世尊は言った〕「この〔子〕を、すみやかに出家させなさい。この〔子〕は、善き生まれの者と成るでしょう」〔と〕。
〔世の〕教師たる勝者は、わたしを出家させて、精舎に入った。そののち、わたしの心は、太陽が沈まないうちに解脱した。
そののち、教師は、〔自らの瞑想の境地を〕無視して、坐禅から立ち上がった。「バッダ(人名)よ、来たれ」と、わたしに言ったが、それは、わたしにとって、〔戒の〕成就として存した。
生まれて七年で、わたしのばあい、〔戒の〕成就は得られた。三つの明知は獲得された。ああ、法(事象)が見事に法(事象)たることよ。ということで――
……バッダ長老は……。