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9テーリーガーター

5.7.  サクラー長老尼の詩偈

家に住んでいるわたしは、比丘の法(教え)を聞いて、〔世俗の〕塵を離れる法(教え)を、不死なる涅槃の境処を、見た。

〔まさに〕その、わたしは、しかして、子と娘を〔捨て放って〕、さらには、財産と穀物を捨て放って、諸々の髪を断ち切らせて、〔家から〕家なきへと出家した。

〔いまだ〕学びつつある者として存しているわたしは、曲がりなき道を修めつつ、しかして、貪りと怒りを〔捨棄し〕、さらには、それと一なる境位の諸々の煩悩を捨棄した。

比丘尼となり、〔戒を〕成就して、過去の生を思念した(前世を想起した)。天眼は清められた。善きかな、〔世俗の〕垢を離れる〔境地〕は修められた。

諸々の形成〔作用〕(諸行:形成されたもの・現象世界)を、諸々の因から生じた諸々の壊れ崩れるものを、「他者である(自己ではない)」と見て、〔わたしは〕一切の煩悩を捨棄した。〔心が〕冷静と成った〔わたし〕は、涅槃に到達した者として、〔世に〕存している。ということで――

 ……サクラー長老尼は……。