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8 テーラガーター
16.2. パーラーパリヤ長老の詩偈
沙門にして比丘たるパーラーパリヤ(人名)に、諸々の思うところが有った――〔人里から〕遠離し、独りある者として、〔静所に〕坐した瞑想者に。
人は、どのような順序、どのような掟、どのような正しい行状“おこない”を〔為し〕、自己の為すべきことを為す者として〔世に〕存し、しかして、何ものをも悩まさずにいられるのだろう。
益あることのために、さらには、益なきことのために、人間たちの諸々の〔感官の〕機能はある。諸々の守られていない〔感官の機能〕は、益なきことのために、しかして、諸々の守られた〔感官の機能〕は、益あることのために。
まさしく、諸々の〔感官の〕機能を〔常に〕守護している者は、かつまた、諸々の〔感官の〕機能を〔常に〕保護している者は、自己の為すべきことを為す者として〔世に〕存し、しかして、何ものをも悩まさずにいられるであろう。
もし、諸々の形態(色)について、〔そこに向かって〕行きつつある眼の〔感官の〕機能を防護せずにいるなら、〔自らの行為に〕危険を見ない者であり、彼は、まさに、苦しみから解き放たれない。
もし、諸々の音声(声)について、〔そこに向かって〕行きつつある耳の〔感官の〕機能を防護せずにいるなら、〔自らの行為に〕危険を見ない者であり、彼は、まさに、苦しみから解き放たれない。
もし、諸々の臭香(香)を、出離を見ない者が受用するなら、諸々の香りに耽溺する者であり、彼は、まさに、苦しみから解き放たれない。
しかして、酸っぱさと甘さの至高なるものを、苦さの至高なるものを、〔常に〕思念しながら、味感(味)にたいする渇愛〔の思い〕で拘束された者は、〔自己の〕心臓(心)を覚らない。
美しく嫌悪ならざる諸々の感触(所触:感触・感覚)を、〔常に〕思念しながら、〔貪欲の思いに〕染まった者は、貪欲を事因とする様々な種類の苦しみを知ることになる。
しかして、彼が、これらの法(意の対象)から、意を守ることができないなら、そののち、彼に、苦しみが従い行く――これらの五つ(色・声・香・味・触)の全てから。
膿と血で満ち溢れ、さらには、多くの死骸(汚物)の〔容器である、この身体は〕、技ある人によって作られた様々な〔彩り〕の麗美な箱のようなもの(中身は汚物で満ちている)。
甘き悦楽あるものは、辛きものである。愛しき者との結縛は、苦しみである。蜜が塗られた剃刀のようなもので、〔それが〕塗られたものであることを、〔愚者は〕覚らない。
婦女の形態に、婦女の味感に、さらには、また、婦女の感触にたいし、婦女の諸々の臭香にたいし、執着〔の思い〕ある者は、様々な種類の苦しみを知ることになる。
婦女の諸々の流れは、〔その〕全てが、五つ〔の感官〕から五つ〔の感官〕において流れ行く。彼が、精進の者となり、それらの防護を為すことができるなら――
彼は、義(道理)ある者である。彼は、法(正義)に依って立つ者である。彼は、能ある者である。彼は、明眼の者である。また、〔常に〕喜びある者として、法(真理)と義(道理)を伴った為すべきことを為すであろう。
しかして、〔義と〕結び付いたもの(法の実践)へと沈み行き、義(道理)のない為すべきこと(義務)を避けるであろう。〔気づきを〕怠らない明眼の者は、「それは、〔真に〕為すべきことではない」と思い考えて――
しかして、それが、義(道理)と結び付いたものであるなら、さらには、それが、法(真理)に至ったものとしての喜びであるなら、それを受持して、転起させるであろう。なぜなら、まさに、それは、最上の喜びなのだから。
〔人は〕高下諸々の手段で、他者たちを貪り求める。打ち砕いて、打ち倒して、しかして、憂い悲しませて、彼は、無理強いで他者たちを暴虐する。
力ある大工たちが、楔によって楔を打つように、そのように、智者は、まさしく、諸々の〔善なる〕機能(五根・五力)によって諸々の〔感官の〕機能を打つ。
信、精進、そして、〔心の〕統一(定:三昧の境地)、および、気づきと知慧を修めながら、五つ(五根・五力)によって五つ(眼・耳・鼻・舌・身)を打ち砕いて、煩悶なき婆羅門は行く。
彼は、義(道理)ある者である。彼は、法(正義)に依って立つ者である。覚者(ブッダ)の教示の言葉を、〔その〕一切によって一切を為して、その人は、安楽に満ち栄える。ということで――
……パーラーパリヤ長老は……。