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8 テーラガーター
6.9. ジェンタ・プローヒタプッタ長老の詩偈
出生という驕慢によって、さらには、財物という権力によって、驕慢したわたしは――外貌と容貌と形姿によって、驕慢〔の思い〕で驕慢したわたしは――〔驕慢なるままに〕行じおこなった。
誰であれ、自己と等しい者と〔思わず〕、さらには、〔自己を〕超える者と思わなかった――高慢〔の思い〕に打ち砕かれた愚者として――強情で、〔自己の〕旗を〔高く〕掲げた者として。
母を、さらに、また、父を、諸他の、導師として敬われている者たちをもまた、誰であれ、敬拝しなかった――思量“おもいあがり”と強情の、礼を欠く者として。
至高の導き手にして、馭者たちのなかの〔最も〕優れた最上の方(ブッダ)を見て――太陽のように輝いている、比丘の僧団の尊ぶところの方(ブッダ)を〔見て〕――
思量を〔捨て放って〕、さらには、驕慢を捨て放って、清らかな信ある心で、一切の有情のなかの最上の方(ブッダ)を、頭をもって敬拝した。
しかして、高慢と卑慢(増長と蔑視)は捨棄され、善く完破された。「〔わたしは〕存在する」という思量(我慢:自我意識)は断絶され、一切の思量の種類は打ち砕かれた。ということで――
……ジェンタ・プローヒタプッタ長老は……。