>小部経典
9テーリーガーター
7.3. ウパチャーラー長老尼の詩偈
気づきある者として、眼“まなこ”ある者として、〔感官の〕機能を修めた比丘尼として、〔わたしは〕寂静の境処を理解した――俗人の慣れ親しむところにあらざる〔境地〕を。
〔悪魔が言った〕「いったい、どうして、〔あなたは〕生を喜ばないのですか。〔世に〕生まれた者は、諸々の欲望〔の対象〕を享受します。諸々の欲望〔の対象〕による歓楽を享受しなさい。のちに、悩み苦しむ者と成ってはなりません」〔と〕。
〔長老尼は答えた〕「生まれた者には、死が有る。〔両の〕手足の切断〔という恐れ〕が〔有る〕。殴打と結縛と〔心の〕汚れ(煩悩)が〔有る〕。生まれた者は、苦を受ける。
サキャ〔族〕の家に生まれた正覚者(ブッダ)が、〔一切に〕敗れることなき方が、〔世に〕存在する。彼は、わたしに、法(真理)を説示した。生を超え行く〔法〕を――
〔すなわち〕苦しみを、苦しみの生起を、しかして、苦しみの超越を、さらには、苦しみの寂止に至る聖なる八つの支分ある道を。
彼の言葉を聞いて、わたしは、〔覚者の〕教えに喜びある者として住した。三つの明知は獲得され、覚者(ブッダ)の教えは為された。
一切所で、喜び〔の思い〕は打破された。闇の集塊は破られた。パーピマント(悪魔)よ、このように知りなさい。死神よ、おまえは、打ち倒された者として存している」〔と〕。ということで――
……ウパチャーラー長老尼は……。
七なるものの集まりは、〔以上で〕終了した。