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9テーリーガーター

7.2.  チャーラー長老尼の詩偈

気づき(念)を現起させて、〔感官の〕機能(根)を修めた比丘尼として、〔わたしは〕寂静の境処を理解した――形成〔作用〕(行:生の輪廻を施設し造作する働き)の寂止という、安楽〔の境地〕を。

〔悪魔が言った〕「いったい、誰を、〔師と〕定めて、〔あなたは〕剃髪者として存しているのですか。〔あなたは〕沙門尼のように見えます。かつまた、〔あなたは〕異学の者たちを喜びません。迷愚なる〔あなた〕は、どうして、この〔道〕を歩むのですか」〔と〕。

〔長老尼は答えた〕「この〔道〕より外の異学の者たちは、諸々の見解に依存する者たちである。彼らは、法(真理)を識知しない。彼らは、法(真理)の熟知者たちではない。

サキャ(釈迦)〔族〕の家に生まれた覚者(ブッダ)が、対する人なき方が、〔世に〕存在する。彼は、わたしに、法(真理)を説示した。諸々の見解を超え行く〔法〕を――

〔すなわち〕苦しみを、苦しみの生起を、しかして、苦しみの超越を、さらには、苦しみの寂止に至る聖なる八つの支分ある道(八正道)を。

彼の言葉を聞いて、わたしは、〔覚者の〕教えに喜びある者として住した。三つの明知は獲得され、覚者(ブッダ)の教えは為された。

一切所で、喜び〔の思い〕は打破された。闇の集塊は破られた。パーピマント(悪魔)よ、このように知りなさい。死神よ、おまえは、打ち倒された者として存している」〔と〕。ということで――

 ……チャーラー長老尼は……。