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9テーリーガーター

9 九なるものの集まり

9.1.  ヴァッダの母なる長老尼の詩偈

〔長老尼が言った〕「ヴァッダ(人名)よ、まさに、おまえに、いついかなる時も、世における〔欲の〕林叢“したばえ”(欲の思い)が有ってはならない。子よ、繰り返し、〔世の〕苦しみを分け持つ者と成ってはならない。

ヴァッダよ、まさに、疑念を断ち、〔心に〕動揺なき、牟尼たちは――〔心が〕冷静と成り、〔心身の〕調御を得た、煩悩なき者たちは――安楽のうちに住む。

ヴァッダよ、おまえは、それらの聖賢たちが歩んだ道を、〔正しい〕見を得るために、苦しみの終極“おわり”を為すために、増進せしめよ」〔と〕。

〔ヴァッダは言った〕「まさしく、〔道の〕熟達者として、わたしの生母として、〔あなたは〕この義(意味)を語ります。母よ、〔わたしは〕思います――たしかに、あなたに、〔欲の〕林叢(欲の思い)は見い出されません」〔と〕。

〔長老尼が言った〕「ヴァッダよ、それらが何であれ、諸々の形成〔作用〕(諸行:形成されたもの・現象世界)であるなら、下劣なるものも、高尚なるものや中等なるものも、わたしに、〔欲の〕林叢は、微細でさえも、微量でさえも、見い出されない」〔と〕。

〔ヴァッダは言った〕「〔気づきを〕怠ることなく、〔常に〕瞑想しているわたしの、一切の煩悩は滅尽した。三つの明知(三明:三種類の超人的な能力、宿命通・天眼通・漏尽通)は獲得され、覚者(ブッダ)の教えは為された。

まさに、わたしの母は、秀でた鞭を振り下ろした。また、慈しみ〔の思い〕あるままに、最高の義(勝義:涅槃)を伴った諸々の詩偈を〔語った〕。

彼女の言葉を聞いて、わたしは、生母の教示したことを〔為す者となり〕、法(真理)にたいする畏怖〔の念〕(回心の思い)を惹起した――束縛からの〔心の〕平安を得るために。

〔まさに〕その、わたしは、〔刻苦の〕精励に自己を精励し(全身全霊を挙げて刻苦精励し)、昼夜に休みなく〔精進した〕。母に叱咤された〔わたし〕は、寂静なる者となり、最上の寂静を体得した」〔と〕。ということで――

 ……ヴァッダの母なる長老尼は……。

 九なるものの集まりは、〔以上で〕終了した。