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8 テーラガーター
16.7. カーリ・ゴーダーの子なるバッディヤ長老の詩偈
すなわち、〔まさに〕その、わたしのために、繊細な衣が、象の首に広げられていた。浄肉〔の汁〕を注ぐ米の飯が、〔わたしの〕食するところであった。
その〔わたし〕は、今日、幸いなる者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダー(人名)の子であるバッディヤ(人名)は、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
糞掃衣の者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
〔行乞の〕施食の者(托鉢行者)として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
三つの衣料の者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
〔家々の貧富を選ばず〕歩々淡々と歩む者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
一坐〔だけの食〕の者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
鉢に〔盛られた行乞の〕食〔だけを食する〕者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
〔決められた時間〕以後の食を否とする者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
林にある者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
木の根元にある者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
野外にある者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
墓場にある者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
〔坐具が〕広げられたとおり〔の場所〕にある者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
常坐〔にして不臥〕なる者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
求むこと少なき者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
〔常に〕満ち足りている者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
遠離の者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
〔他者と〕交わりなき者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
精進に励む者として、〔不退転の〕常恒なる者として、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、執取〔の思い〕なく、〔独り〕瞑想する。
〔わたしは〕百パラ(重さの単位)の銅と百ラージカ(重さの単位)の金〔の鉢〕を捨棄して、土の鉢を掴み取った。これは、第二の灌頂(浄めの儀式)である。
堅固な見張塔と門小屋がある、高く、円い城壁のなかで、剣を手にする者たちに守られていた〔わたし〕であるが、かつては、〔常に〕恐れわななきながら住していた。
その〔わたし〕は、今日、幸いなる者として、恐れわななきなき者として、〔あらゆる〕恐れと恐ろしさを捨棄した者として、ゴーダーの子なるバッディヤは、林に入って、〔独り〕瞑想する。
戒の範疇(蘊)において〔自己を〕確立して、しかして、気づきと知慧を修めつつ、〔わたしは〕一切の束縛するものの滅尽を、順次に得た。ということで――
……カーリ・ゴーダーの子なるバッディヤ長老は……。