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8 テーラガーター

第一の章

20.1. マハー・モッガッラーナ長老の詩偈

林にある者たちとして、〔行乞の〕施食の者たちとして、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者たちとして、内に〔心が〕善く定められた者たちとして、〔わたしたちは〕死魔の軍団を打ち破るであろう。

林にある者たちとして、〔行乞の〕施食の者たちとして、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者たちとして、象が葦の家を〔踏み敷く〕ように、〔わたしたちは〕死魔の軍団を打ち払うのだ。

木の根元にある者たちとして、〔不退転の〕常恒なる者たちとして、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者たちとして、内に〔心が〕善く定められた者たちとして、〔わたしたちは〕死魔の軍団を打ち破るであろう。

木の根元にある者たちとして、〔不退転の〕常恒なる者たちとして、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者たちとして、象が葦の家を〔踏み敷く〕ように、〔わたしたちは〕死魔の軍団を打ち払うのだ。

〔この身体は〕厭わしきものとして存せ。肉と腱で縫い合わされた骸骨の小屋について、悪臭に満ち他のものである四肢について、〔おまえは〕わがものと〔錯視〕する。

皮に覆われた糞袋よ、胸に腫物(乳房)ある魔女よ、おまえの身体には、一切時において〔不浄物が〕流れ出る、それらの九つの流れがある。

おまえの肉体を、九つの流れがあり、悪臭を作り為す、遍き結縛を、比丘は、それを、遍く避ける――しかして、清らかさを欲する者が、糞を〔避ける〕ように。

わたしが、おまえ〔の正体〕を知るように、このように、もし、人が、おまえ〔の正体〕を知るなら、雨期に糞坑“こえだめ”を〔避ける〕ように、遠く離れて、〔おまえを〕遍く避けるであろう。

〔娼婦は言った〕「偉大なる勇者よ、このように、このことは、沙門よ、〔あなたが〕語るとおりです。そして、或る者たちは、ここ(女性の身体)に沈みます――老いた牛が、汚泥に〔沈む〕ように」〔と〕。

彼が、鬱金“うこん”で、あるいは、また、他の染料で、虚空を染めようと思うなら、それは、悩苦の生成あるだけのこと。

その虚空に等しく、内に善く定められた、〔わたしの〕心へと、悪しき心の者よ、鳥捕りが火の集塊“かたまり”に〔落ち行く〕ように、近づいてはならない。

見よ――様々に作り為された〔欲の〕幻影を――寄せ集めの、傷ある身体を――病んだ、妄想多きものを。それに、常久と止住は、〔何であれ〕存在しない。

1162. 見よ――様々に作り為された〔虚妄の〕形態を、宝珠や耳飾りやらで〔飾り立てられた身体を〕――骨と皮で覆われた〔身体〕を。諸々の衣と共にあって、美しく輝く〔だけのこと〕。

1163. 〔赤の〕染料が為された〔両の〕足、〔白の〕塗粉が塗られた顔――愚者の迷いのためには、〔それで〕十分である。しかしながら、彼岸を求める者には、さにあらず。

1164. 八房に為された諸々の髪、〔黒の〕塗薬が塗られた〔両の〕眼――愚者の迷いのためには、〔それで〕十分である。しかしながら、彼岸を求める者には、さにあらず。

1165. 様々な〔彩り〕の新しい塗薬箱のように、〔見てくれを〕十分に作り為した腐敗の身体――愚者の迷いのためには、〔それで〕十分である。しかしながら、彼岸を求める者には、さにあらず。

1166. 猟師は、罠を置いた。鹿は、網に近寄らなかった。「餌を食べて、〔さあ〕行こう」〔と〕。猟師は、泣き叫ぶ。

1167. 猟師の罠は、断ち切られた。鹿は、網に近寄らなかった。「餌を食べて、〔さあ〕行こう」〔と〕。猟師は、憂い悲しむ。

1168  無数の〔優れた〕行相を成就したサーリプッタ(舎利弗:人名・ブッダの高弟)が、涅槃に到達したとき、そのとき、〔まさに〕その、禍々しき〔思い〕が存した――そのとき、身の毛のよだつ〔思い〕が存した。

諸々の形成〔作用〕(諸行:形成されたもの・現象世界)は、まさに、常住ならざるもの(無常)にして、生起と衰微の法(性質)である。〔それらは〕生起しては、止滅する。それらの寂止は、安楽である。

彼らが、〔心身を構成する〕五つの範疇(五蘊:物質的形態・感受作用・表象作用・形成作用・識別作用)を「他者である」と、さらには、「自己ではない」と、〔あるがままに〕見るなら、矢で毛の先端を〔射抜く〕ように、〔彼らは〕微細なる〔道理〕を理解する。

しかして、彼らが、諸々の形成〔作用〕(諸行:形成されたもの・現象世界)を「他者である」と、さらには、「自己ではない」と、〔あるがままに〕見るなら、矢で毛の先端を〔射抜く〕ように、〔彼らは〕精緻なる〔道理〕を理解したのだ。

刃で刺されたかのように、頭が焼かれているかのように、欲望〔の対象〕にたいする貪り〔の思い〕を捨棄するために、〔常に〕気づきある比丘として、遍歴遊行するように。

刃で刺されたかのように、頭が焼かれているかのように、〔迷いの〕生存にたいする貪り〔の思い〕を捨棄するために、〔常に〕気づきある比丘として、遍歴遊行するように。

自己を修め最後の肉体を保つ方(ブッダ)に促された〔わたし〕は、ミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)を、足の指で動かした。

このことは、緩やかに励んで〔云々〕にあらず――このことは、僅かの強さでもって〔云々〕にあらず――一切の拘束からの解放という、到達すべき涅槃〔の境処〕は。

しかして、この青年比丘は、この最上の人は、軍勢を有する悪魔に勝利して、最後の肉身“からだ”を保つ(死後、涅槃に行く)。

諸々の雷光が、しかして、ヴェーバーラ〔山〕の〔岩の裂け目に〕、さらには、パンダヴァ〔山〕の〔岩の〕裂け目に、〔次々と〕落下する。〔他に〕比類なき、そのような方(ブッダ)の子(仏弟子)は、山の〔岩の〕裂け目に赴き、〔独り〕瞑想する。

辺境の臥坐所にある寂静と止息の牟尼(カッサパ)は、最勝の覚者(ブッダ)の相続者にして、梵〔天〕(ブラフマー神)に敬拝された者である。

辺境の臥坐所にある寂静と止息の牟尼を、最勝の覚者(ブッダ)の相続者を、カッサパ(迦葉:人名・ブッダの高弟)を、婆羅門よ、敬拝せよ。

しかして、彼が、百生にわたり、全てが婆羅門の生に赴き(婆羅門として再生し)、人間たちのなかでは、繰り返し、ヴェーダ(ヴェーダ聖典)を成就した聞経者(婆羅門)として〔存するもまた〕――

もし、三つのヴェーダ(ヴェーダ聖典)の奥義に至る読誦者として存するもまた、この者は、この方(カッサパ)への敬拝の、十六分の一にも値しない。

すなわち、彼(カッサパ)は、食前に、八つの解脱を順逆に見た。そののち、〔行乞の〕食のために、〔村へと〕赴く。

婆羅門よ、そのような比丘を襲ってはならない。自己を傷つけてはならない。そのような阿羅漢(人格完成者)にたいし、意を清めよ(信を起こせ)。すみやかに、合掌し、敬拝せよ。おまえの頭が〔七つに〕裂けることがあってはならない。

この者(ポッカラ)は、正なる法(教え)を見ることなく、輪廻〔のあり方〕を偏重する者、下へと赴く曲がり道や悪しき道を走り回っている。

糞にまみれた蛆虫のように、諸々の形成〔作用〕(諸行:形成されたもの・現象世界)に耽溺し、利得と尊敬〔の思い〕に沈んだ者、虚しきポッカラ(人名)は、〔あの世へと〕行く。

しかして、この方を、善き見あるサーリプッタがやってくるのを、見よ。〔心と知慧の〕両分において解脱した方を――内に〔心が〕善く定められた方を――

〔貪欲の〕矢を抜き、束縛が滅尽した方を――三つの明知(三明:三種類の超人的な能力、宿命通・天眼通・漏尽通)ある、死を捨棄する方を――人間たちにとっての、施与されるべき方を――無上なる功徳の田畑(福田)たる方を〔見よ〕。

これらの、神通と福徳ある数多くの天〔の神々〕たちは、梵〔天〕を惣領とする数万の天〔の神々〕たち(梵天衆)は、〔その〕全てが、モッガッラーナ(目連:人名・ブッダの高弟)を礼拝しながら、合掌を為し、立つ。

〔天の神々たちは言った〕「善き生まれの人よ、あなたに、礼拝〔有れ〕。最上の人よ、あなたに、礼拝〔有れ〕。敬愛なる方よ、〔まさに〕その、あなたの、諸々の煩悩は滅尽し、〔あなたは〕施与されるべき者として、〔世に〕存しています」〔と〕。

人と天に供養され、死の征服者として〔世に〕生起した者は、白蓮華が〔汚〕水に〔汚されない〕ように、形成〔作用〕(諸行:形成されたもの・現象世界)に汚されない。

彼のばあい、寸時に千種、世〔界〕は正しく知られた。彼は、梵〔天〕に類する者である。神通の徳(性質)について、死滅と再生について、自在なる者であり、〔正しい〕時に天神たちを見る。彼は、比丘である。

サーリプッタこそは、知慧によって、戒によって、そして、寂止〔の境地〕によって、彼もまた、彼岸に至った比丘として、この方こそは、最高の者として存すべきである。

〔わたしは〕百千の千万の自己の状態“すがた”を、瞬時に化作“けさ”するであろう。わたしは、諸々の神変に巧みな智ある者として、神通において自在と成った者として、〔世に〕存している。

モッガッラーナの姓ある〔わたし〕は、〔心の〕統一(定:三昧の境地)と明知の自在者として、〔知慧の〕最奥義(波羅蜜)に至った者として、依存なき方(ブッダ)の教えにおいて〔感官の〕機能(根)が定められた慧者として、象が、まさしく、蔦葛を〔断ち切る〕ように、〔欲の〕結縛を断絶した。

わたしによって、教師(ブッダ)は奉仕され、覚者(ブッダ)の教えは為された。重き荷は安置され、〔迷いの〕生存に導くもの(煩悩)は完破された。

しかして、〔まさに〕その義(目的)のために、家から家なきへと出家したところの、一切の束縛するものの滅尽という、その義(目的)は、わたしによって獲得された。

〔覚者の〕弟子のヴィドゥラ(人名)を襲って、さらには、婆羅門のカクサンダ(人名)を〔襲って〕、ドゥッシン(悪魔)が〔大釜で〕煮られた所である地獄は、どのようなものとして存していたのか。

〔そこには〕百の鉄杭があり、〔その〕全てが、各自それぞれに〔苦痛の〕感受(受:楽苦の知覚)あるものとして存していた。〔覚者の〕弟子のヴィドゥラ(人名)を襲って、さらには、婆羅門のカクサンダ(人名)を〔襲って〕、ドゥッシン(悪魔)が〔大釜で〕煮られた所である地獄は、このようなものとして存していた。

このことを証知する、覚者(ブッダ)の弟子である、〔まさに〕その、比丘――黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。

好ましき瑠璃色の、光り輝く火炎の、諸々の宮殿が、カッパ(劫:時間の単位・無限大の時間)の期間、海の中に立ち、そこに、種々なる色艶ある、多々なる仙女たちが舞う。

このことを証知する、覚者(ブッダ)の弟子である、〔まさに〕その、比丘――黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。

比丘の僧団が見ているところで、まさに、彼は、覚者(ブッダ)に促され、ミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂)を、足の指で動かした。

このことを証知する、覚者(ブッダ)の弟子である、〔まさに〕その、比丘――黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。

彼は、ヴェージャヤンタの高楼(最勝講堂)を、足の指で動かした。神通の力に支えられ、しかして、天神たちを畏怖させた。

このことを証知する、覚者(ブッダ)の弟子である、〔まさに〕その、比丘――黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。

すなわち、彼は、ヴェージャヤンタの高楼において、帝釈〔天〕(インドラ神)に遍く尋ねる。「さて、友よ、〔あなたは〕煩悩の滅尽という諸々の解脱〔の境地〕を知っていますか」〔と〕。彼に、帝釈〔天〕は説き示した――問いを尋ねられた者として、真実のとおりに。

このことを証知する、覚者(ブッダ)の弟子である、〔まさに〕その、比丘――黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。

彼は、スダンマ〔の集会場〕(善法講堂)において、集会のうちに立ち、梵〔天〕(ブラフマー神)に遍く尋ねる。「友よ、〔まさに〕その、かつて有った、あなたの見解ですが、あなたのその見解は、今日もまた、〔かつてのとおり〕ありますか(あなたの見解は以前のままですか)。梵世(梵天界)における光り輝きが離転しつつある(徐々に消滅する)のを、〔あなたは〕見ますか」〔と〕。

梵〔天〕は、彼に説き示した――問いを尋ねられた者として、真実のとおりに。「敬愛なる方よ、〔まさに〕その、かつて有った、わたしの見解ですが、わたしのその見解は、〔かつてのとおり〕ありません。

梵世における光り輝きが離転しつつあるのを、〔わたしは〕見ます。〔まさに〕その、わたしが、今日、どうして、〔かつてのように〕『わたしは、常住にして常恒なる者として、〔世に〕存している』〔と〕説けましょう」〔と〕。

このことを証知する、覚者(ブッダ)の弟子である、〔まさに〕その、比丘――黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。

彼は、解脱〔の境地〕によって、大いなるネール(須弥山)の峰を見た。さらには、およそ、地に臥す人たちであるなら、プッバヴィデーハ(東勝身:地名・須弥山の東方に位置する大陸)の者たちの林を〔見た〕。

このことを証知する、覚者(ブッダ)の弟子である、〔まさに〕その、比丘――黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。

まさに、火は思わない――「わたしは、愚者を焼くのだ」と。まさしく、愚者は、その燃える火を襲って(火に近づいて)、焼かれてしまう。

悪魔よ、まさしく、このように、おまえは、如来である彼を襲って、火に触れる愚者のように、自ら、自己を焼くであろう。

悪魔は、如来である彼を襲って、不善を生んだ。パーピマント(悪魔)よ、「わたしに、悪〔の報い〕は実らない」〔などと〕、いったい、何を、思いなすというのだろう。

死神よ、長夜にわたり、おまえが〔悪を〕為していると、〔その〕悪は蓄積される。悪魔よ、覚者(ブッダ)から厭い離れよ。比丘たちにたいし、〔悪しき〕願望を為してはならない。

かくのごとく、比丘は、ベーサカラー林において、悪魔を一喝した。そののち、その夜叉(悪魔)は、失意の者となり、まさしく、そこにおいて、〔虚空の〕間に消え入った。ということで――

 まさに、このように、尊者マハー・モッガッラーナ長老は、諸々の詩偈を語った、という。

 六十なるものの集まりは、〔以上で〕終了した。

 そこで、摂頌となる。

 〔しかして、詩偈に言う〕「六十なるものの集まりにおいて、偉大なる神通あるモッガッラーナ長老が、まさしく、独りあり、それらの六十八の詩偈が有る」と。

21 大なるものの集まり