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9テーリーガーター

5.11.  三十ばかりの長老尼たちの詩偈

〔女たちに、長老尼が言った〕「若者たちは、諸々の杵を掴んで、穀物を打つ。若者たちは、子と妻を養いながら、財を見い出す。

覚者(ブッダ)の教えを為せ。それを為して苦しまない〔からである〕。すみやかに、〔両の〕足を洗い清めて、一方に坐せ。心の止寂(奢摩他・止)に専念する者となり、覚者(ブッダ)の教えを為せ」〔と〕。

彼女の言葉を聞いて、彼女たちは、パターチャーラー(人名)の教えを〔為す者たちとなり〕、〔両の〕足を洗って、一方に近坐した。〔彼女たちは〕心の止寂に専念する者たちとなり、覚者(ブッダ)の教えを為した。

〔その〕夜の初更(宵の内)に、〔彼女たちは〕過去(前世)の生を思念した(想起した)。〔その〕夜の中更(真夜中)に、〔彼女たちは〕天眼を清めた。〔その〕夜の後更(明け方)に、〔彼女たちは〕闇の集塊を破った。

〔彼女たちは〕立ち上がって、〔パターチャーラーの両の〕足を敬拝した。「あなたの教示は為されました。三十三天〔の神々〕たちが、戦場において敗れることなきインダ〔神〕(インドラ神)を〔尊ぶ〕ように、〔あなたを〕尊んで〔世に〕住むでありましょう。〔わたしたちは〕三つの明知(三明:三種類の超人的な能力、宿命通・天眼通・漏尽通)ある者たちとして、煩悩なき者たちとして、〔世に〕存しています」〔と〕。ということで――

 まさに、このように、三十ばかりの長老比丘尼たちは、パターチャーラーの現前において、他者に説き示した、という。